初孫の初節句!男の子なので兜と鯉のぼりでお祝いを長男はいらない邪魔と素っ気ない、親不孝者!

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初孫の初節句が近づいてます。

男の子なので兜と鯉のぼりをプレゼントしようと思っています。

しかし、長男は兜は置くところが無いのでいらない。

鯉のぼりも立てる場所がないのでいらないと言います。

ジジイとすれば、それはそれで助かるのですが、バーバが黙っていないと思う。

そんなわけで、何をプレゼントしようか悩みます。

支払いはバーバがするのですが…。

初孫の成長

早いもので初孫が生まれて半年が経ちます。

近くにいないのでスマホの写真で成長を見ています。

5月の連休には帰ってくるそうです。

(・_・D フムフム ゴールデンウィークに帰ってくるのか。

ナッ!ナニーーーー!

ひょっとして、端午の節句とやらをしないといけないのか?

5月5日は、子供の日は、プレゼントはどうしようとなるのです。

鯉のぼり、兜、ちまき、柏餅…

何もしなくても良いのではと思うのですが、妻がしきたりでは…。

あなたの出身神戸でしょ!ここの仕来りは知らないはずなんですけど…。

しきたりと言っても良い加減なものです。

本家がやっている、近所がそうしている、右にならえです。

長男の時は

長男の時は、お爺さんが大きな鯉のぼりを立ててくれました。

妻の実家からもらった事にして、私が兜を手配したような記憶があります。

それは、今でも床の間にデーンとあります。

正直邪魔なんですけどね。

捨てる訳にもいかないし、処分に困っています。

私の田舎の風習では、お嫁さんの実家が手配するしきたりです。

お嫁さんは大阪出身なので、そんなしきたりはないみたいです。

お嫁さんの家が本家か分家かで違ってくるのですけどね。

息子に聞くと、いらない、なくても良いと言ってくれます。

しかし、田舎なので近所の手前があるのです。

兜と鯉のぼりは買わなくて済みそうです。

でも妻は許さない気がします、姑の立場として、嫁には良い顔をしたいみたい。

また、こういう事はご近所さんで張り合うのです。

端午の節句はどういう意味?

端午(たんご)は五節句の一つです。

端午の節句菖蒲の節句とも呼ばれるそうです。

日本では端午の節句に男子の健やかな成長を祈願し、各種の行事を行う風習があります。

現在では(新暦)5月5日に行われ、国民の祝日「こどもの日」になっています。

旧暦では午(うま)の月は5月にあたります。

この午の月の最初の午の日を節句として祝っていました。

後に、5が重なるこの月の5日が端午の節句の日になったというのです。

「端」は物のはし、つまり「始り」という意味です。

元々「端午」は月の始めの午の日のことでした。

後に、「午」は「五」に通じることから毎月5日となります。

その中でも数字が重なる5月5日を「端午の節句」と呼ぶようになったともいわれます。

十二支ってなに?

本来は、木(歳)星が一二年で天を一周することから、中国の天文学で毎年度における木星の位置を示すために天を一二分した場合の称呼である、

(し)・丑(ちゅう)・寅(いん)・卯(ぼう)・辰(しん)・巳(し)(ご)・未(び)・申(しん)・酉(ゆう)・戌(じゅつ)・亥(がい)の総称。

これらを一二の動物にあてることから、日本では、ね(鼠)・うし(牛)・とら(虎)・う(兎)・たつ(龍)・み(巳)・うま(馬)・ひつじ(羊)・さる(猿)・とり(鶏)・いぬ(犬)・い(猪)と読む。

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一二年ごとに一巡する年まわりを示し、また十干と組み合わされて、六〇年で一巡する年、あるいは六〇日で一巡する日を表わすほか、時刻や方角などを示すのに用いられる。

出典 精選版 日本国語大辞典精選版 

木星の周期が12年で、それを12当分したものだったのですね。

西洋占星術では太陽が一年の周期で地球を回るのを12等分して星座に割り振ってますね。

ちなみに2019年、木星は射手座を廻っています。

大吉星の木星が巡ってくると、非常にラッキーな一年になると言われています。

2020年は山羊座に巡りますので、順番に大吉を間配るんですね。

兜の意味は?

端午の節句には、室内に鎧兜や武者人形を、屋外にこいのぼりや幟旗(のぼりばた)を飾ります。

こどもの日が近づくと五月人形やこいのぼりを飾るのは、端午の節句を祝うためです。

鎌倉時代以降の武家社会では、兜や鎧は男性にとって身を守るための大切な道具でした。

そのため、男の子の安全と成長を祈願して、鎧や兜、武具を飾ったと考えられています。

江戸時代に、武者人形や兜を紙や布に描く「武者絵」を飾る風習が庶民の間で広まります。

武者絵から次第に兜や鎧、槍のレプリカを飾るようになりました。

鯉のぼりは?

時代が武家社会に移ると、『菖蒲』と『尚武』(武道・武勇を重んじること)をかけた『尚武の節句』へと変わっていきます。

江戸時代には、徳川幕府の重要な式日が5月5日に定められていました。

将軍家に男子が生まれると、玄関前に馬印(うましるし)や幟(のぼり)を立てて祝うように

なりました。

時代と共に『男の子の誕生と成長を祝うお祭り』として庶民の間に浸透していきました。

当時、武士にとって鎧や兜は自分の命を守るための大切な道具でした。

このことから「男の子を事故や病気、災難から守ってくれますように」という願いを込めて、

端午の節句では鎧や兜を着た五月人形を飾るようになったそうです。

また、将軍から武家、武家から庶民へと端午の節句が広まっていくうち、

男の子が生まれたとき幟に、「鯉の滝登り」をイメージして鯉を描くようになります。

鯉は産卵の時期になると、川の流れに逆らってのぼっていきます。

どんどんのぼっていく様が出世に例えられ「子どもの立身出世」を、

また鯉は滝を登って竜になるという言い伝えから「逆境に負けない力を持って欲しい」という願いが込められました。

これが「鯉のぼり」の始まりです。

最後に

我が家には長男の鎧兜があるので、長男もいらないと言うので買うのはやめました。

長男のものを代用することに落ち着きました。

しかし、次男がこっそりと刀のレプリカを送っていました。

これはどう考えても本人の趣味と思うのですが…。

これで次男の評価はうなぎ登りになりました。

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