伊勢であった神式の葬式生涯一度の経験から聖徳太子に思いは巡る

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葬式に出席するのは苦手です。

出来れば遠慮したいと願うのです。

しかし、業務上のことであれば致し方ありません。

これは伊勢のお得意様のお祖父様が亡くなられた時のことです。

伊勢の神領民の人は神式のお葬式をするのです。

伊勢神宮が鎮座ましている伝統かも知れません。

仏式葬儀との違い

神式の葬儀は、神葬祭(しんそうさい)と言われています。

僧侶ではなく神主さんによって執り行われます。

仏式の葬儀では、焼香をします。

神式の葬儀では、榊(さかき)を手向ける玉串(たまぐし)奉奠で執り行われます。

玉串を捧げたあとは二礼二拍手一礼の作法でお参りをします。

拍手をする時は、音を立てないよう忍び手(しのびて)でお参りをします。

神式の葬儀では、白黒の幕ではなく朽木幕を用います。

個人の写真ではなくお鏡を祭壇の中心に掲げます。

八足案という8本足の机に幣帛など御供えを祀ります。

仏式の葬儀とはまた違った特徴です。

幣帛(へいはく)

幣帛(へいはく)は、神道において神前にささげるものを総じた名称です。

もとは布地を表した語で、麻などの織物が貴重品として供えられました。

神式の葬儀では、串の先に赤い紙を挟んだもの祭壇にお供えします。

これを指して「幣帛」と呼ぶことも多いのです。

八足安

神社や神事の際に使用され、左右で八本の脚があるから八足案と呼ばれています。

葬儀だけでなく、結婚式や地鎮祭などでも使われます。

神道での枕飾りの際には、亡くなった人を北向きに寝かせて、

八足案に洗った米、塩、水、お神酒を供え、玉串とローソクを置きます。

神道では、祖先の霊を祀る場所を、祖霊舎(それいしゃ、みたまや)といいます。

仏教における仏壇のようなものです。

家庭では神棚よりも低い位置に祀り、神棚同様にお供えや拝礼を行います。

お参りの順番は神棚が先、祖霊舎はその次とされています。

仏教では仏壇に祖先の霊を祀ります。

神道では、祖先の霊を家の守護神としてお祀りします。

どうして神式と仏式があるの?

素朴な疑問として同じ日本人でありながら神式と仏式があるのでしょうか?

それを考えるには仏教伝来の意味を知らないと答えが出ません。

仏教は聖徳太子が日本に導入したと言われています。

聖徳太子は天皇の次に偉い、皇太子の地位の人です。

皇室は神道ですが、それがなぜ仏教崇拝?

聖徳太子の偉業

・遣隋使の派遣
・冠位十二階の制定
・十七条憲法の制定

などがあります。

いずれも天皇の権力を確立するものです。

中央集権国家を目指すものと、教科書で教わりました。

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従来の皇室は天皇といえども有力豪族に抗しきれないこともあったと思われます。

天皇家が有力豪族のバランスの上に成り立っていました。

そこで役職を豪族の支配から身分に関係なく実力主義に変えたかったのです。

中国をお手本に日本の中央集権化を目指していたようです。

そのような社会状況の中で神道的な考え方では国をまとめるのが困難だっったかもしれません。

神道はどちらかと言うと感覚の広い意味での宗教ですからね。

明るく、元気に、前向きにと言う感覚でしょうか。

日本人にとって当たり前のことをなので分かりにくいそうです。

仏教は戒律の宗教と言えます、善因善果悪因悪果の考えですからね。

聖徳太子は神道に足らない部分を補強しようとしたと思われます。

あまりにも仏教に傾倒する聖徳太子を見かねて、

推古天皇が注意した話があります。

仏教と神道どちらが大切なのかと。

聖徳大使はもちろん天神地祇を第一にと思っていますと答えたそうです。

しかし、人民の教化育成には具体的な教えがあるものが必要だったのでしょう。

聖徳太子はいなかった?

歴史の新説で聖徳太子は居なかったとの説が出ています。

教科書からも削除???

バカなことをと思うのですがね。

聖徳はおくり名ですので、正確には厩戸皇子です。

定説は疑う必要がありますが、それを超える証明が必要です。

古代日本のヒーローがいなかった?

では誰がいたのですか?

皇室で仏教を保護し推進した人は誰ですか?

と思うわけです。

真実と歴史は違うことも多々あります。

時の為政者が都合の悪い部分は削除していますから。

そこを膨らますと夢とロマンがあると思うのです。

まとめ

年末には例年伊勢神宮に参拝に行きます。

正月は大混雑なので年末にしています。

だから余裕を持って参拝できるのです。

営業で三重県を回っていた時のことを思い出すのです。

今回は大変お世話になった社長のことでした。

その社長は水曜日がおやすみと言うことで火曜の夕方訪問します。

その夜は伊勢の夜の街に繰り出すのです。

深夜3時まで付き合います。

伊勢の夜の帝王といってもいいですね。

変な遊びはしてないですよ、飲み屋さんのハシゴです。

一軒に1時間もいません、混んでいればパスです。

最後はあるバーで終了です。

そこのママも葬式に来ていましたね。

社長にとって夜の街は情報収集の宝庫だそうです。

いろんな情報が入ってくるのです。

銀行関係、公務員関係、建設関係などなど、すごいと感心しました。

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