猪苗代湖から仰ぐ磐梯山は宝の山だ!五色沼のパワースポットから読み解く磐椅神社の秘密が保科正之を呼ぶ。

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猪苗代湖から仰ぎ見る磐梯山は、♬会津磐梯山は宝の山〜♫と歌われる霊峰です。

この地域にはパワースポットと呼ばれるところが多く点在しているといいます。

美しい四季折々の自然や風土を通し、磐梯山の「宝の山」を探しにいきます。

民謡「会津磐梯山」の意味

会津磐梯山は宝の山よ 笹に黄金がまたなりさがる>と歌われています。

ここでいう「宝」とは何なのでしょうか。

「会津磐梯山の周辺は米のいっぱい採れる宝の山よ、笹に黄金色の米がなり下がる」

というのが一般的な解釈です。

むかし磐梯山の周辺は気候が良く、作物が豊富に取れたことを言っているのです。

違う解釈では、むかし磐梯山で砂鉄が取れたそうで、鉄の事を言うのだとの説もあります。

その証拠に、山麓に残る地名に、金山、金堀、金田、金道と言う地名が多く残るからです。

また、山に宝があるんじゃなくて、山が宝なんだ。

会津磐梯山自体が「宝」だ、との地元の人の意見もあります。

会津出身の人であれば、馴れ親しんだ磐梯山が宝そのものなのです。

猪苗代湖(いなわしろこ)

猪苗代湖(いなわしろこ)は、日本国内で4番目に広い湖です。

別名、天鏡湖(てんきょうこ)と言います。

透明度が高く、まるで天を映す鏡のようだといっています。

猪苗代湖はパワースポットと云われており、恋愛運や女子力アップに効果があるそうです。

これは水気が充満する潤いのある風土から来たものでしょう。

伝説では、弘法大師がこの地を通りかかり、機を織っていた女に水を乞うが断られました。

そこで別の村で米をといでいた翁という名前の貧しい女に米のとぎ水を乞いました。

そうすると、そこでは快く水を飲ませてもらえたのです。

その翌日、磐梯山が噴火して周囲の村が陥没して湖底に沈んでしまいました。

しかし、弘法大師に水を振舞った翁の家だけは、湖底に沈まずに島となり残りました。。

これが翁島ができた由来です。

小平潟天満宮(こびらがたてんまんぐう)


天神浜の近くに小平潟天満宮があります。

ここもパワースポットなのです。

神社が「ここはパワースポットです」と看板を出してあるので間違いありません。 (^_-)

小平潟天満宮の由来は、948年に近江国の神主が菅原道真公の神像を持って旅をしていました。

猪苗代湖について、しばらく休み、再び歩き出そうとしましたが、急に神像が重くなり動けなくなってしまいました。

それで、神主はここが神像の鎮座するところと定め、天満宮を勧請しました。

それが小平潟天満宮です。

猪苗代湖の湖畔の松林に佇む小平潟天満宮は、パワースポットをアピールしています。

天神様は学問の神様なので、絵馬を見ると、合格祈願の願いが多いようです。

磐梯山(ばんだいさん)

猪苗代湖の北にそびえる活火山が磐梯山です。

主峰の磐梯山とほかに赤埴山と櫛ヶ峰を含めて「磐梯山」とも言います。

磐梯山の南側は表磐梯、北側は裏磐梯といい表情は全く異なります。

表から見る山体は整って見えますが、裏から見る山は山体崩壊の荒々しい表情です。

1888年の噴火により山頂が吹っ飛び生じた地形です。

五色沼(ごしきぬま)

五色沼とは、1888年7月15日の磐梯山爆発によってできた湖沼の総称です。

正確には「五色沼湖沼群」と言います。

毘沙門沼・赤沼・みどろ沼・竜沼・弁天沼・るり沼・青沼・柳沼などの湖沼があります。

様々な色彩を見られることから「五色沼(ごしきぬま)」という名前がついたのです。

5つの湖を総称して五色沼と言うのでは有りません。

爆発の影響により酸性の物質が地下水に含まれ、五色沼に流れ込みました。

その物質が化学変化し、ケイ酸アルミニウム(アロフェン)の結晶を造り水中に混ざります。

その結晶は、特定の光の波長を反射する性質があります。

つまり五色沼は、ブルーの色のみを反射して目に見えるのです。

それぞれの沼は天候、季節、時間により微妙にその色が変化します。

沼の底にバクテリアか何かが生息していて、藻に働きかけて色を出しているそうです。

沼によって、エメラルドグリーン、コバルトブルー、ターコイズブルー、エメラルドブルー、

パステルブルーと色が異なるのはそのためです。

まさに自然が造った神秘の色をした不思議な沼なのです。

山の神、磐椅神社

猪苗代に伝わる足長・手長の伝説

昔々、猪苗代盆地がまだヨシ谷地に覆われ、磐梯山は病悩山と呼ばれていたころのこと。

磐梯山には足長・手長という魔物が住んでいました。

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夫の足長は、磐梯山と高田にある明神ヶ嶽にまたがり、雲を集めお日さまを遮っていました。

妻の手長も磐梯山に腰をかけ、長い手で猪苗代湖の水をかきあげて振りまいていた。

人々は、毎日、風雨にさらされ、そのために作物が実らず、大変困っていました。

そこに、旅の坊さんが通りかかり、退治することになり、魔物を呼び出した。

「お前たちは、たいそう大きな身体をしているが、小さくなって、この手のひらにある鉄鉢の中には入れないだろう。」

というと、自慢げにどんどん小さくなって鉄鉢の中に入ってしまった。

坊さんは、この時とばかり、鉄鉢を自らの法衣で縛り、磐梯山頂に伏せて、

魔物が二度と出られないように大きな石を乗せて、呪文を唱えて密閉してしまいました。

坊さんは、「これからはこの山の明神さまとして祀るから、

民のためになるように尽くしなさい。」と言い聞かせました。

後に、麓に拝殿を造り、磐椅神社としたということです。

その坊さんは全国を行脚していた弘法大師だということです。

しかし、これはあくまでも伝説です。

磐椅神社の創建は、応神天皇の時代に、時の大臣竹内宿禰が大山祗神埴山姫神に

磐椅山の山頂に鎮座していただいた時、と云われています。

その後、聖武天皇の時に現在の地に遷座されました。

磐椅山は現在の磐梯山のことで、磐座(神の座)にかかる梯子を意味する山です。

山頂にいる神様が梯子を使って降りて来てくれるのでしょうか?

そして、願いを聞いてくれるのかも知れません。

40年くらい前は、今にも朽ち果てそうな社殿でした。

境内には銘木「大鹿桜」があり、春になれば私たちを楽しませてくれます。

今では、神社も徐々に整えられ、神主も常駐するようになったようです。


大鹿桜は「会津五桜」の一つで、福島を代表する桜です。

会津五桜は、石部桜(いしべざくら)薄墨桜(うすずみざくら)虎の尾桜(とらのおざくら)

杉の糸桜(すぎのいとざくら)大鹿桜(おおしかざくら)の五桜です。

磐梯山と桜の花はよく似合います!

以前、神主さんのお話を聞いた事があります。

「磐梯山に多くのお客様が来てくれ、地域が発展することは嬉しい事です。

しかし、スキー場が多く出来るのも心苦しい。

スキー場の造成で神域が荒らされからです。

しかし、スキー場開きの時には、お祓いには行かなければいけない。

神主もなかなか大変なんです」

と伺いました。

土津神社(はにつじんじゃ)


磐椅神社の末社で土津神社があります。

土津神社は保科正之を祀る神社です。

保科正之は徳川家康の孫にあたり、家光の異母の弟です。

有能であるため、兄家光の信頼を獲得して幕府運営を補佐します。

その忠義の考えは、会津藩に浸透し、幕末まで続きました。

NHK大河ドラマで有名なセリフ「ならぬものはならぬ」は会津藩士の気風を表したものです。

その土台を作ったのが保科正之と言えます。

その保科正之が、死後は磐椅神社の近くに埋葬してほしいとリクエストしていました。

磐梯山の神を祀る磐椅神社の末社となって永遠に神に奉仕したいと望んでいたのです。

それで、土津神社ができたというわけです。

お墓が神社?少し違和感がありますが、家康の日光東照宮の例もあるので、当時は普通だったのでしょう。

まとめ

猪苗代湖、磐梯山周辺は全てパワースポットと言えるのではないでしょうか。

磐梯山の頂上には高貴な神様が教えをもって降りて来ているそうです。

磐梯の最も神聖なる中心地、神霊の磁場なのです。

天から色々な玉が降りて来てるそうです。

春夏秋冬、いつきても新しい感動があるのが磐梯山です。

五色沼では、数ある沼の中で毘沙門沼が一番美しく、聖なる沼と云われています。

沼の名の由来になっている毘沙門天は、北の水気の凝結したところにいると言われています。

実際に毘沙門天をお祭りしていた跡がありますので、毘沙門天はいらっしゃるのです。

昔の人は、毘沙門天が顕現する沼だからこそ、毘沙門沼と名付けたのでしょう。

磐梯山は全域がパワースポットで、その中でピカイチのスポットが毘沙門沼だそうです。

磐梯山の功徳は、「自分の中身が変わる」事だそうです。

嘘だと思うなら自分で行って、磐梯山で確かめてください。

会津の磐梯山や猪苗代湖周辺のは、そこで過ごす時間です。

そこで過ごす時間が長いほど、目に見えないを沢山のいただけるのです。

そして、そのがあなたをよい方向へ変えてくれるのです。

もしかすると、あなたも野口英世みたいになっちゃうかもしれませんよ。

信じられない人は磐梯山に行って確かめてください。個人差があります (^^;;)

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