彼岸 にお墓参り に行か ないと不忠者!と先祖が嘆く?それとも祟るかも?

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お彼岸にお墓参りに行かないと先祖が嘆き悲しむのだろうか?

さてまた、先祖に不忠者といわれ、祟られるのだろうか?

答えは簡単です、「わが身に聞いてください」です。

霊能者でない限りは、自分で体感するしかありませんよね。

信じる信じないは置いておいて、客観的事実を見て判断しましょう。

例えば、例年お墓参りをしているのに、今年は行かなかった。

そしたら、体調を崩したとか‥。

いつもは行かないのに、今年は行ったら、いい事が起こった。

いい事にしろ、悪い事にしろ、ひょっとして先祖の仕業と感じたら、そうなんです。

そう考えて、お彼岸の先祖供養をしてみてはいかがですか?

先祖の戒告(祟り)

「入門先祖供養」という本よると、先祖の戒告は首から上の症状に現れる事が多いそうです。

目がショボショボする

耳がキーンとなる

鼻がズルズルする

耳垂れが出る

首が凝る

ノドが痛い

これはマズイです、私には4つも当てはまります。

最近不調なのはこのせいだったのですね。

ご先祖様の祟りだったのですね、反省します。

彼岸の時期は?

「暑さ寒さも彼岸まで」と言われるように、彼岸は季節の変わり目です。

春のお彼岸 は3月の春分の日をはさんで前後3日合計7日間です。

秋のお彼岸は、9月の秋分の日をはさんで前後3日合計7日間となります。

2019年 春のお彼岸 

 彼岸入り:3月18日 お中日 :3月21日(春分の日)彼岸明け:3月24日

2019年 秋のお彼岸

彼岸入り:9月20日 お中日 :9月23日(秋分の日)彼岸明け:9月26日

それぞれの初日を「彼岸の入り」、終日を「彼岸のあけ」といいます。

彼岸の意味は?

お彼岸は正式には「彼岸会(ひがんえ)」と言います。

「彼岸」とは仏教に由来する言葉で、彼岸は向こう側の世界のことです。

要するに、あの世、死後の世界、霊界と言われるものですね。

この世であるこちらの岸は「此岸(しがん)」といいます。

般若心教では、此岸から彼岸に渡れ渡れ〜と言ってますよね。

此岸と彼岸は、「生死」と「涅槃」の世界、「迷い」と「悟り」の世界といった具合に区別されています。

迷いの岸である現実世界から、彼岸である仏の世界へ到達するというのが仏教の説く教えです。

そのため、行事としてのお彼岸とは、もともと迷いの多い現世(此岸)から、河の向こうの浄土の世界(彼岸)に渡ることを願って、行いを慎み、修行をする期間でした。

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この修行では「六波羅蜜(ろくはらみつ)」と呼ばれる徳目を積むことを目指します。

その徳目とは

    1. 布施(見返りを求めずに、金品だけでなく施しを行うこと)
    2. 持戒(ルールを守ること)
    3. 忍辱(辱め、困難に耐えること)
    4. 精進(不断の努力をすること)
    5. 禅定(心を静めること)
    6. 智慧(真実を見極める力をつけること)

以上の6つです。

これらは春分と秋分の前後、1日にひとつずつ実践すると決められていました。

春と秋のお彼岸に先祖供養するのは?

元々日本の国は天孫地祇を敬う国柄、神道の国でした。

古来より、皇室では春(秋)季皇霊祭を営んでいます。

この皇霊祭が、仏教伝来により仏教行事の彼岸会と結びつきました。

これが平安初期と言われています。

仏教の彼岸会に先祖供養が結びついたのですね。

他にも、神道の習慣と仏教の習慣が結びついたものがあります。

お盆もそうです、伝統的な祖霊祭と仏教行事の盂蘭盆会が結びついたのです。

お正月は先祖供養と関係無いように思えますが、そうではありません。

日本の民俗信仰では、先祖の先祖の大先祖は神様という考えです。

「松の内」という言葉には、ご先祖様を「待つ」という意味があるのです。

お彼岸にお墓参りに行くべきか?

お墓参りにはお盆に行きました。

9月にもお墓参りに行かないといけないのでしょうか?

お盆に関しては、ご先祖様を迎えに行き、お家にお迎えする。

そしてお盆の間自宅で楽しんで貰い、また、お送りする。

これでいいのだと思いますが、すぐにお彼岸になります。

そうですね、お盆といっても関西は8月なんですよね。

関東は7月のところが多いらしいですね。

7月にお盆のところは9月の彼岸にも墓参りに行く。

8月にお盆の関西は、近いので行かなくて良いというのが良いですね。

これは冗談です、供養は気持ちが第一ですから、気の済むようにしてください。

ご先祖の泣き所は?

お彼岸というのは先祖供養の一面もありますが、仏教用語では修業という面もあります。

ご先祖様におかれましては、より上位の霊界に行くために修業していただければ…。

個人的には、そう思いますね。

我が家の仏教、浄土真宗ではご先祖様は西方浄土に行っているはずなのです。

だから、極楽浄土にいるので、苦しい現世に帰ってくるわけがありません。

ですから、お彼岸にお墓参りしようが、供養しようが関係無いのです。

宗派の理屈的には、先祖は帰ってきていませんからね。

子孫が頑張っている時には、苦しくても励ましに帰って来るそうです。

彼岸が近くなると、ノドが痛い、肩が痛い、目がチカチカする。

モロ、先祖の戒告の症状が出てきます。

やはりいるのです、西方浄土に行っていないご先祖様が居るのです。

阿弥陀如来様「南無阿弥陀仏」と唱えれば救っていただけるのですよね。

これはどういうことでしょうかね?

極楽浄土に行っていないご先祖様が居るのは確かなようです。

どうすれば良いのでしょうか?

そうです、お彼岸に帰ってきてもらって彼岸会してもらいましょう。

要するに、彼岸にわたる勉強してもらうのです。

悟りを深めていただく、霊層を上げていただくのです。

まとめ

今年の秋の彼岸には、おはぎぼた餅とお酒とお菓子とお供えします。

出来る限り御機嫌を取りたいと存じます。

その分、みっちりとお勉強していただこうと思います。

仏壇にお経の本でも沢山の置いておきましょう。

こんなので修行になるとは思えませんね。

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