道沿いのお地蔵さんに手を合わすのは危険な時もあるそうですよ。

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毎朝出勤途中にお地蔵さんの前を通ります。

昔からあるのであまり気にしていなかったのですが、おじいさんが毎朝祈っています。

いつ頃から始めたのかわかりませんが、お花を供えたり掃除もしています。

ここは地区の施設としてある場所なので老人会の人かな?

どうも個人的にお詣りしているみたいです。

お地蔵さんとは?

蔵菩薩は如来に次ぐ高い地位だったが、人々を救うためにその地位を捨てて、弱い立場のものを救うために、救われない衆生、幼くして散った子供や水子の魂を救って旅を続けたそうです。

特に生きた年数の少ないために功徳が足りない事から賽の河原から先へ進めず、成仏できない水子の魂を救うため、賽の河原に率先して足を運んでは、仏法や経文を聞かせて水子らに徳を与え、成仏への道を開いていく水子救済の逸話は有名です。

このように地蔵菩薩は最も弱い立場の人々を最優先で救済する菩薩である事から、古来より絶大な信仰の対象となりました。

とくに子どもの守護神として地蔵をとらえ、呼称も「地蔵菩薩」から「お地蔵さま」に代わっていったと言われているようです。

よだれかけを掛けているお地蔵さまをよく見かけるのは、幼子を亡くした親が、その子の使っていたよだれかけをお地蔵さまに掛けて祈れば、お地蔵さまに地獄でその子を守ってもらえると信じられていたからのようです。

お地蔵さんは、もともとは、仏教が生まれるよりもっと古い時代に信仰されたインドの「大地の神様」が起源で、「地上に存在する生命あるものの全てをやしなってくださる者」という意味を持っています。

正式には「地蔵菩薩」という名前で、梵語では「クシチガルブハ」という難しい呼ばれ方をします。

お釈迦様が亡くなってから、弥勒菩薩が悟りを開かれて法を説かれるまでの56億7千万年の無仏の間に出現され、その身を種々の姿に分身して衆生を救済することが、お地蔵さんの発願とされています。

亡くなった人が三途の川を渡る時に無事渡る事が出来るよう道案内をする仏さんです。

特に幼い子は行く場所が分らないので、このお地蔵が優しく案内してくれるので、死なれた親が我が子が迷わないよう、お地蔵さんにお願いするのです。

中国では道教の信仰と結びついて、閻魔大王と同一視されるようになり、冥界を司る仏となります。

閻魔大王は冥界番人で冥界の入り口に居ます。

それが転じて異界との境の番人となっています。

村はずれにある地蔵は、異界との境界線と信じられている要素が強のいでしょう。

道端や田んぼの畦道、山道などの場所にある場合は、冥界の入り口の番人の要素が強く、

そこで冥界の扉が開くことが有った(要するにそこで人が亡くなっている)と考えられます。

お地蔵さんのご利益

『地蔵菩薩本願経』には、善男善女のための二十八種利益と天龍鬼神のための七種利益が説かれています。

二十八種利益
天龍護念(天と龍が守護してくれる)
善果日増(善い行いの果報が日々増していく)
集聖上因(悟りの境地へ至る因縁が集まってくる)
菩提不退(悟りの境地から後退しない)
衣食豊足(衣服や食物に満ち足りる)
疾疫不臨(疫病にかからない)
離水火災(水難や火災を免れる)
無盗賊厄(盗賊による災厄に遭わない)
人見欽敬(人々が敬意を払って見てくれる)
神鬼助持(神霊が助けてくれる)
女転男身(女性から男性になれる[注釈 1])
為王臣女(王や大臣の令嬢になれる)
端正相好(端正な容貌に恵まれる)
多生天上(天界に生まれ変わる事が多い)
或為帝王(あるいは人間界に生まれ変わって帝王になる)
宿智命通(過去世〈宿命、しゅくみょう〉を知る智慧を持ち、過去世に通ずる)
有求皆従(要求があれば皆が従ってくれる)
眷属歓楽(眷属が喜んでくれる)
諸横消滅(諸々の理不尽な事が消滅していく)
業道永除(地獄などの悪い場所に生まれ変わらせる業道(karma-patha)が永く除かれる)
去処盡通(赴く場所に うまくいく)
夜夢安楽(睡眠中に安らかな夢を見る)
先亡離苦(先祖・先亡の霊が苦しみから解放される)
宿福受生(過去に なした善行によって良い生まれを受ける)
諸聖讃歎(諸聖人が讃えてくれる)
聰明利根(聡明で利発になる)
饒慈愍心(慈悲の心に溢れる)
畢竟成佛(必ず仏に成る)
七種利益
速超聖地(さらに すぐれた境地へ速やかに進める)
悪業消滅(悪いカルマが消滅する)
諸佛護臨(諸々の仏が護ってくれる)
菩提不退(悟りの境地から後退しない)
増長本力(本来持っていた能力が増幅される)
宿命皆通(過去世の全てに通ずる)
畢竟成佛(必ず仏に成る)

真言は

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「オン カカカ ビサンマエイ ソワカ」

で、一心に唱えればお地蔵さんが来てくれるそうです。

地蔵本願嘱累品(じぞうほんがんしょくるいぼん)

この経典にお地蔵さまの魂の発露を見出せるそうです。

概略は

お釈迦さま「末法になると諸諸霊がこのように苦しむんだよ」

これを聞いて地蔵菩薩は

「わかりました、お釈迦さまの話を聞いて私はいま発願いたします。末法の世になったら、必ず私が諸諸霊を導きます。もしどうしても私の力では救済できないのであれば、私が身代わりになってあげます。私が身代わりになってでも、その霊を救済させていただきたいと思います」

この発願を聞いたお釈迦さまは、発願を受け入れて言いました。

「善い哉、地蔵よ、よくぞ申した。汝の発願を受け止めよう。末法の世で苦しむ諸諸霊の件、お前に全部譲渡すことにする。頼んだぞ」

これを聞いていた普賢菩薩、文殊師利菩薩、観世音菩薩は皆、感動して涙を流しながら、

「私たちも、お地蔵さんの配下に下って、お手伝いいたします」

と名乗りをあげた、とあります。

今日お地蔵さんが活躍してい原点ですね。

また、地獄にいる全ての霊の救済をも発願しているらしいです。

だから、六道の辻々に立って救済しているのですね。

いいお地蔵さんと、いけないお地蔵さんがある?

野外にあるお地蔵さんをむやみに礼拝したら呪われる…とか、取り憑かれるという人もいます。

もともと「地蔵信仰」は、平安時代の昔から庶民の信仰としてスタートしました。

当時の仏教というのは貴族のステータスとして権化と化していました。

庶民は、地味に地蔵を崇拝するくらいしか方法はなかった訳けですね。

現代我々が野山の道端で、ヒト型をした「お地蔵」を見掛ける時、

故郷を逐われ果ての無い旅路の途上で絶命した「無縁仏」を祭ったものであったり(四国遍路には極めて多いですね)、

ライ病患者であったり、朝鮮人であったり、

自家の墓所には訳アリで入れてあげられなかった「ミズコ」であったり、

様々な地蔵が存在します。

石像としての「お地蔵さん」は、実際には、事故…それも大事故や子供の事故の後とかに作られたりするんですね。

お地蔵さんが立っているところは交通事故など、何かあったところが多いようです。

だから頼っている霊などがいるかもしれませんね。

浮遊霊が宿っている可能性もあるらしいです。

石、人形、ぬいぐるみなどには、お墓もなく供養もしてもらえない霊が 居ついていた離するそうです。

雰囲気の良くないお地蔵さんの石仏などには手を合わさないほうが良いみたいですね。

まとめ

近所の昔からあるお地蔵さんには時々手を合わせます。

昔馴染みなので、なにかいたら何らかの障が出ているはずです。

良くもなく悪くもありません。

しかし、知らない土地でむやみに手を合わすのは如何なものかと思いますね。

邪気払いの知識を知っておくのも一計かと思います。

一番簡単なのは、お塩ですよ。

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