小豆島の主婦、YUKIKO先生のドットアートWorkshop 曼荼羅に癒しを求めて!

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2020年2月、3月に小豆島二十四の瞳映画村でドットアートのワークショップが開かれます。

入場料と参加費用は必要ですが、ぜひ足をお運びください。

もしかすると、未来の大芸術家に遭遇するかも知れません。

あくまで、もしかするとデス。

しかし、可能性は有ります。

小豆島二十四の瞳映画村でWorkshop(ワークショップ)!

小豆島の主婦がドットアートで大きく羽ばたこうとしています。

日常生活に疲れ、癒しを求めたのが曼荼羅の塗り絵でした。

しかし、塗り絵だけでは満たされず、ネットで見つけたドットアートに手を染めました。

これがドンピシャ!ハマってしまったのです。

もうやめられない止まらない!

ここから人生の歯車が大きく動き出しました。

思ってもないような出会いがあり、ドットアートの作品を展示する機会に恵まれたのです。

そして、あれよあれよとドットアートの先生になってしまいました。

曼荼羅で悟りの世界へ?

そもそも、曼荼羅とは、主尊を中心に諸仏諸尊の集会(しゅうえ)する楼閣の図像のことです。

また、「曼荼羅」は、「丸い」という意味があり、円は完全・円満などの意味があります。

ドットで表現された物も曼荼羅と言うみたいです。

インドでは諸神を招く時、土壇上に円形または方形の魔方陣をマンダラと言うそうです。

それを色砂で描いて秘術を行うのです。

チベット仏教では今でも修行の一環として儀式、祭礼を行う時に描かれます。

そして、この曼荼羅は悟りの境地を絵柄で示したものになっていると云います。

結構奥深い物のようです。^_^;

弘法大師も曼荼羅を描いた!

曼荼羅の代表的なものに「胎蔵界曼荼羅」と「金剛界曼荼羅」があります。

大日如来を中心とした図柄で、両方を合わせて両界曼荼羅と呼ばれています。

弘法大師空海は三筆と謳われる、芸術にも秀でた有名な密教の僧侶です。

その空海は、集中力を養うためとに曼荼羅を表しています。

密教だけでなく日本の神道やヒンズー教でも曼荼羅は存在します。

それぞれの曼荼羅によってその内容や表現方法には違いがあります。

世界観・宇宙観・悟りの境地などがわかりやすく示されているそうです。

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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

両界曼荼羅より

ドットアートの魅力

ドットアートは簡単だけど、実は簡単ではない、と矛盾した事を言います。

点を打つだけだから、シンプルなのですが、やればやるほど、のめり込んでしまいます。

次はああしようこうしようと、どんどんアイデアが止まらなくなります。

知らなかった自分の可能性への好奇心が、駆り立て羅れるのかもしれません。

それは、嬉しい発見でもありますが、YUKIKO先生の家族は迷惑しています。

どうすれば自分が気付いていない能力を開花させられるのか?

それは、「究極の集中を体感すること」だと云います。

あなたが内に秘めている、無限の可能性の扉を開く鍵は、ドットアートです。

まず、ドットアートに集中することです。

究極の集中を体験すれば、「不可能なんて、何もない!」ていう世界に入れます。

究極の集中状態に入には、ただ“点”を打つことです。

只管打座ならぬ只管打点(ドット)、無心でただ、”点”を打つだけです。

只管打坐

「只管打坐」は、曹洞宗の開祖である「道元」(1200年~1253年)の教えです。

道元は南宋に渡り、中国曹洞宗の如浄(にょじょう)に師事しました。

如浄の禅が「只管打坐」であり、道元もその思想を受け継ぎました。

道元は坐禅の姿そのものが悟りの姿だと考えていたところにポイントがあります。

つまり、只管打坐とは、既に悟った状態にいることだと云うのです。

「只管打坐」、何も考えずにただひたすら坐禅するという修行の方法です。

その根底には、坐禅する姿こそが悟りを得た仏の姿であるという考え方があります。

道元は、その境地を「身心脱落」と言い、自己を忘れることが仏道だと説きました。

只管打点(ドット)ではドットを打つ姿が悟りを得た仏の姿といえるでしょう。

無心にドットを打つことで悟りを得ているのです。

無心で”点”を打ち続けることで、究極の集中力を手に入れ、無限の可能性の扉を開く。

気付けば誰が見ても驚くような“アート”を描き上げている。

まさにドットアートは曼荼羅なのです。

まとめ

はからずも、YUKIKO先生はドットアートで悟りを得たのです。(ホントかな?)

だから、ドットアートに打ち込むほどに良き縁が結ばれ、考えられないことが起こるのです。

一介の田舎の主婦が、作品の発表場所に恵まれました。

世界的なVIP(モナコ公国の子供達)に遭遇する機会に恵まれました。

2020年は小豆島の二十四の瞳間でドットアートのワークショップを開きます。

ただただドットを打つ、ひたすら無心でドットを打つ!

まるで、曼荼羅の中のドットひとつ一つが仏や神となり導いているようです。

後日聞いたことですが、家の整理をしている時に印刷された曼荼羅が出てきたそうです。

どういう経緯でお家にあるのか分からないそうです。

これもドットアートとの出会いに、何か意味を持っているのかも知れませんね。

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