靴を履くと「笑顔になる」あゆみシューズはハイタッチ

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香川県さぬき市に、高齢者などに向けたケアシューズの徳武産業株式会社があります。

購入者が靴を履くと「笑顔になる」という靴を製造しています。

製造している靴は「あゆみシューズ」とよばれるものです。

軽く、カラフルな色で、靴底のつま先が反り上がっている形状になっています。

左右いずれかの靴のみの販売や、左右が異なるサイズでの販売もおこなっています。

足が変形して、通常の靴が履けない人の特注システム、「パーツオーダー」も企画しました。

このシステムは、足の状況に対応しパーツ毎にサイズや大きさを選んで組み立てるものです。

この靴を必要としている人は、ご高齢の方や障がいを持っている方が多いのです。

だから、靴は3000円から8000円くらいの値段に抑えています。

パーツオーダーシステムでも、1500円前後と手をつけやすい金額にしています。

 どんな会社?

徳武産業は1957年、徳武重利氏が、綿手袋縫製工場として創業しました。

1965年に有限会社徳武産業となり、1966年に主力をスリッパ製造に切り替えます。

1974年に、現アキレス株式会社の協力工場となり、学童用シューズの製造を開始しました。

そして、6年後に株式会社に組織変更します。

1984年、十河孝男氏が2代目社長として就任します。

 苦境の時

ある時、アキレス株式会社が生産拠点を海外に移すとの連絡が入ります。

そうなれば、売り上げの95%を占めていた学童用シューズの発注が、無くなってしまいます。

そこで、売り上げをカバーするために化粧ポーチの製造をスタートします。

旅行用スリッパとルームシューズの三本柱で乗り切ることにしました。

ルームシューズは高評を得、旅行用スリッパと共に日本一のシェアを獲得します。

 またまた苦境

ルームシューズは大手通販会社を通じて販売していました。

そこの担当者が変わると共にまた苦境に立たされます。

新しい担当者はルームシューズに関心が無く、売り上げは3割も減少してしまいます。

ルームシューズの販売はこの大手通販会社1社に依存していました。

この売り上げの減少は、会社存続の危機です。

 下請けの宿命

十河社長は、下請け業者の不安定さや辛さ、悔しさを嫌というほど実感しました。

社員やその家族の生活を守るためにも、自社ブランド確立の必要性を痛感します。

この状況を巻き返すべく、自社ブランド商品の模索を始めます。

新たなる挑戦

そんなある日のこと、知り合いの特別養護老人施設の園長から、

「お年寄りが転ばない靴をつくってもらえませんか」

と相談を受けます。

施設では、入所者の転倒が続き、対応策を模索していました。

そこで十河社長に連絡を取ってきたのです。

「転ばない」ということは、お年寄りの命と生活を守るためには絶対必要なことです。

お年寄りが転倒すると骨折し、寝たきりになってしまいます。

すると、体の機能がどんどん衰え、亡くなる方が多いのです。

当時は、介護用シューズはなく、スリッパやサンダルなどを履いていました。

足の筋力の衰えにより、足とスリッパが密着せず、パカパカさせながら歩いていたのです。

歩幅も狭まっていて、足を踏み出した時、前にある足のスリッパの踵部分を踏んで転んでしまうことがわかりました。

また、歩行の際、通常は上げた足を踵から順に下ろします。

しかし、お年寄りは足全体を下ろすように歩いていました。

かつ、足を上げる高さも低くなっています。

そのため、平らな床でも躓きやすかったのです。

スリッパにベルトをつけて足に密着しやすいようにしたり、

スリッパの踵部分を靴のように踵を包むように試みました。

しかし、転倒予防には繋がりませんでした。

転倒を防ぐには、介護用シューズを開発するしかありません。

その当時、高齢者施設は11000カ所もありました。

今後、日本は確実に高齢化社会に向かいます。

それゆえ、ニーズは十分あると考えました。

社運をかけて介護用シューズ開発に着手します。

リサーチ

およそ2年の歳月を費やし、介護用シューズについての意見や要望を集めていきました。

訪ねた介護施設は30カ所を超え、約500人ものお年寄りにヒアリングをしました。

その情報を元に試作品をつくっていきました。

 お年寄りの要望

「かかとは柔らかい方がいい」

「かかとは硬めでしっかりしたつくりの方がいい」

と意見が正反対に分かれることも有りました。

そのため、それぞれの試作品をつくり、意見を聞く、ということを繰り返しました。

お年寄りが本当に望んでいる靴の模索は、根気と時間が求められる作業でした。

試行錯誤を経るに従い、方向性は定まっていきました。

 方向が決まる

「足下が華やかだと歩くのが楽しくなる」との意見から、

赤やピンク、花柄、水玉模様のように、色やデザインを重視しました。

お年寄りは、足を引きずるようなすり足で歩くため、小さな段差でも転んでしまいます。

その対応策として、つま先部分を床から2cm程度持ち上げ、

先端に反り返りをつけるようにしました。

加齢や病気などで、足のサイズが左右で違っていたり、

片方の靴が極端に傷むこともありました。

タブーへの挑戦

靴は通常、左右一組同サイズで販売されます。

そのため、左右足の大きさが違えば、靴は靴下の重ね履きや詰め物で調節していました。

また、それが転倒の原因にもなっていました。

そうしたことをふまえ、左右でサイズ違いの販売や片方だけの靴の販売も検討します。

当時の業界では、片方だけの靴や左右サイズ違いの靴を製造・販売している例はありません。

 業界の壁

試行錯誤の末、ようやくお年寄りに喜ばれる介護用シューズが形になってきたのに、

従来の常識が、待ったをかけてしまいました。

当時の靴業界では、片方だけの靴や左右サイズ違いの靴を製造・販売していません。

協力してくれていた靴の専門家も反対します。

しかし、現場でお年寄りが難儀している姿を見てきたのです。

本当にお年寄りが求めているなら、例え前例がなくても、

非常識だとしても着手すべきだと、思いを固めます。

そして、その思いを専門家に熱く語りました。

その熱意に打たれた専門家は、ついに考えに賛同し、

協力してくれることになったのです。

販売価格の検討

お年寄りが手を出しやすい金額に抑え、

サイズ違いの購入でも同サイズ購入と同額にし、

片方だけの場合は、一足の半分の価格にしました。

あゆみブランドの誕生

1994年、苦心の末、初の自社ブランド製品が完成します。

お年寄りの歩みを支え、会社の未来への歩みが切り開かれてほしいという願いを込め、

名前を「あゆみ」と命名しました。

1995年の5月、いよいよ販売を開始します。

ところが、売れ行きは芳しくありません。

認知度がなく、販路も確立できていなかったためでした。

悪いことは続きました。

7月の決算で赤字に転落してしまったのです。

それまで、一度も赤字になったことがなかったのです。

「あゆみ」の開発にかかり切りになり、事業のことに目が届かなくなっていたからです。

赤字に転落したことで、社内のモチベーションは下がります。

心血を注いで開発してきた「あゆみ」の売れ行きも振いません。

意気消沈するばかりでした。

転機

同年8月のある日、友人が経営している老人ホームで、夏祭りが行われました。

「あゆみ」開発にかなり協力してもらったこともあり、手伝いに行きました。

その帰りがけ、シルバーカーを引きながら歩くおばあさんの姿が、ふと目に入りました。

そして、おばあさんの履いている、赤い水玉模様の靴に目を引かれます。

それは、苦心を重ねて開発してきた「あゆみ」シューズだったのです。

おばあさんの願い

十河社長は、思わず駆け寄り、「その靴はどうですか」と尋ねます。

すると、そのおばあさんは、

「死ぬまでに赤い靴を履いてみたいという願いがかなった」

「歩くことが楽しくなり、毎日歩くことが生きがいになった」

など、嬉しそうに語ったのです。

おばあさんはその靴を宝物のように、毎晩枕元に置いて寝ているといいます。

この出来事に励まされ、失意の底から立ち直ることができました。

靴は宣伝すれば売れる

この出来事で、

「多くの人に知ってもらえば、この靴は売れる!」

と確信します。

認知度を上げるため、全国の介護施設にダイレクトメールを送ることにしました。

早速反応があり、約3%という高いレスポンス率でした。

しかし、定価を抑えたため、販売数をもっと増やさないと、利益が出ません。

そこで、反応が無かった施設に電話営業をかけることにしました。

すると、是非カタログを送って欲しいという声が多数ありました。

この時十河社長は、一工夫します。

反応があった施設に「あゆみ」を5足送り、購入するならこの5足に限り5割引で販売し、

不要であれば着払いで返送してもらうようにしたのです。

「あゆみ」を履いてもらえば、必ずその良さをわかってもらえる。

十河社長には購入に繋がる自信があっのです。

結果は?

考えていたとおり、興味を持ち試し履きしたお年寄りは、

「あゆみ」を気に入り、購入したのです。

「あゆみ」の色はカラフルで目立ちます。

目を引かれたお年寄りが、関心を持ち、さらなる購入に繋がっていきました。

その結果、5足送った施設の7割は完売しました。

以降、売れ行きは伸びていき、発売当初は160万円だったのに対し、

翌1996年には5975万円にまで伸び上がったのです。

靴のクレーム

靴底が剥がれるなどの、トラブルも起こりました。

クレームが入ると、すぐさま現場に駆けつけ、

誠心誠意対応していきました。

2007年の出来事です。

東京のある老人ホームの職員からでした。

「お宅は、歩けない人に靴を売りつけるのか!そうまでしてお金儲けしたいのか!」

と、怒りをあらわにした声が受話器から響きました。

話を聞くとそのホームにいる、90歳のおばあさんが購入したのですが、

その方は3年前から歩けなくなっていたのです。

すぐさまその老人ホームに向かい、その90歳のおばあさんに会います。

おばあさんは車イスを利用していて、足を動かすことも、

自力で立つこともできない状態でした。

不思議に思い購入した理由を尋ねると、

おばあさんは笑顔を浮かべながらこう答えたのです。

「同じホームの人で、可愛らしい、ピンクの靴を履いている人がいて、

その靴を見ているうちに、こんなふうに靴が語りかけてくる気がしてきたんです。

『私を履いて、一緒に歩こう』と。

もしかしたら、歩けるようになるかもしれない、そう思って靴を買ったんです」

おばあさんにとって、ピンクの靴を履いて歩くことは憧れだったのです。

この話を聞いて、職員の怒りも治まり納得してくれました。

十河社長は、靴の履き方をおばあさんに教え、

「きっと歩けるようになりますよ、歩けるようになったら、毎日履いてください」

と励まします。

 奇跡が起こった!

再び、その老人ホームから連絡がありました。

それは、「奇跡が起こりました!」というものです。

あの90歳のおばあさんが歩いたのです。

急ぎ、老人ホームに駆けつけました。

過去、こうした例は無かったのでしょう、職員も興奮した表情で出迎えてくれました。

暫くすると、ピンクの靴を履いたおばあさんが、

シルバーカーを押しながら嬉しそうに歩いてきました。

話を聞くと、「死ぬ前にピンクの靴を履いて歩かせてください」と、

おばあさんは毎日神様にお願いしていたそうです。

そして、諦めていたリハビリを再開し、毎日取り組んでいきました。

すると、少しずつ回復してきて、自分の足で立てるようになり、

ついに、歩けるようになったといいます。

3年間歩けなかった90歳のおばあさんが、

半年間で歩けるようになったというのは、

「まさに奇跡」と驚きました。

「誰の助けも借りず、自分一人でトイレにいけるようになって本当に嬉しい」

「自分の足で、いきたいところにいけるのは夢のよう」

と、おばあさんは、涙を浮かべながら嬉しそうに話してくれたのです。

今まで普通にできていたことができなくなる、

それはとても辛いことです。

しかし、できなくなったことが、再びできるようになれば、

その人の人生にはどれほどの喜びがもたらされることでしょう。

この体験から、一人でも多くの人たちを笑顔にしたい、そうした思いを一層強く持ちました。

パーツオーダーシステム

加齢や病気によって足が変形し、

サイズの変更では対応できない方からの問い合わせが入るようになりました。

しかし、個別にゼロからつくるとすれば高価格となり、負担が大きくなってしまいます。

ある程度の型番を用意して、個々の足の状態に応じたパーツに交換する

「パーツオーダーシステム」を考案しました。

そうすれば、完全オーダーに比べコストを下げることができます。

より安価な価格で、かつ、お客様へお届けにかかる時間も少なくできます。

このシステムにより、これまで靴を履くのを諦めていたり、

我慢してサイズの合わない靴を履いていた方への対応ができるようになりました。

「外出は諦めていたのに、自分の足で外出できるようになった」

「我慢して窮屈な靴を履いた時の痛みから解放された」

など、喜びの声が届くようになりました。

 さらなる進化

技術向上と商品の改善に終わりはありません。

お年寄りの足は年齢と共に変化しています。

今、足にちょうど良い靴でも、一年後、二年後もちょうど良い靴であるとは限りません。

そのため、3年後、5年後先を考えた靴づくりを目指しているといいます。

更なる改善を図るため商品に、アンケートハガキを同封しています。

そして、アンケートハガキを返送してくれた方には、2年間、

誕生日に手書きのお祝いメッセージとプレゼントを贈っています。

触れ合い、まごころハガキ

力を注いだのは機能や性能の向上だけではありません。

購入者との血の通ったふれ合いも大切にしました。

商品には、アンケートハガキに加え、感謝の気持ちで「まごころハガキ」も同封しています。

「この出会いが、あなた様の幸せと、たくさんの笑顔につながりますように」

などのように、一つひとつ社員が手書きしています。

施設に赴いていた際、建物や環境は充実している一方で、

家族や親子との絆が希薄になっているように感じたからです。

「まごころハガキ」を商品に添えることで「ぬくもり」を感じて貰おうと思い至ったのです。

この「まごころハガキ」は、購入者にとても喜ばれ、

感動されたお客様から年間約1000通ものお礼状が届くそうです。

命を吹き込む

靴を出荷する時は、

「大事にしてもらってね」「お役に立っておいで」

と、声をかけて一足一足送り出しているそうです。

「『あゆみ』自体は、布とゴムでできた無機質な『モノ』に過ぎないけれど、『これで歩けますように』と、私たちが気持ちを込めることで、『モノ』に命が吹き込まれるのだと信じています」

と、語っています。

同社の靴を履くと笑顔になるというのは、商品や購入者に対する、

このような向かい方があるからだと、合点がいく思いです。

紆余曲折を経て、自社ブランドとしてつくり上げてきたのが「あゆみ」です。

サービスやアイテム数の充実を図り、

かつ、商品を「つくって終わり」「売ってお仕舞い」ではなく、

温かい気持ちを込めた、

ハイタッチな関わりを続けた結果、お客様は増え続けていきました。

2018年の売り上げは、年間24億円に達し、累計販売数は1500万足を超えています。

未来予測

昨今のハイテクノロジーの進歩はめざましいものです。

これまで想像の世界にしか存在しなかった商品が実在するようになりました。

それでも、技術や商品の向こう側には人がいます。

このような時代だからこそ、人と人とのふれ合いは、一層求められるのではないでしょうか。

アメリカの未来学者ジョン・ネイスビッツが、

「ハイテック、ハイタッチ」という本で書いています。

その本は、世界のベストセラーズになった本です。

「これからの時代は、ハイテクがますます進化するだろう。すると、未来はどうなるのか。人々は、ハイテクの逆のハイタッチを求めるだろう。つまり、人と人との触れ合いを、何よりも大事にする社会になるだろう」

 

と、予測しています。

本当に、そういう社会になりつつあります。

 まとめ

ハイテクノロジーがどんどん進めば進むほど、人間というのは、ぬくもりと交流が要るわけです。

ハイテクノロジーが進歩するにしたがって、同じようにハイタッチが必要な時代です

この先、さらにハイテクノロジーが進歩発展していくことは想像に難くありません。

それ以上に、笑顔を生み出すような、ぬくもりあるハイタッチな関わりが必要となります。

そのモデルとしてあゆみシューズがヒットしているのでしょうね。

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