関東にいる初孫の七五三をしたかったが、コロナで帰って来なかった

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長男夫婦は転勤で東京に住んでいます。

初孫はちょうど3歳になります。

箱根神社あたりで七五三できると楽しみにしていました。

2020年はコロナ禍で年寄りは移動しづらいです。

そして長男夫婦に長女が誕生したので、息子も移動しにくいのです。

結局、東京の神社で済ませたようです。

コロナ禍でなければ、西宮エビスを考えていたそうです。

2年後に期待しましょう、そうすれば孫二人の七五三ができます。

七五三の始まりは

七五三の起源となった行事は以下の3つらしいです。

3歳「髪置きの儀」(別名:「櫛置き」「髪立て」)

平安時代の頃は生後7日目に頭髪を剃り、3歳頃までは丸坊主で育てていました。

これは頭を清潔に保つことで病気の予防になり、また健康な髪が生えてくると信じられていたためです。

3歳の春を迎える頃に「髪置きの儀」を行い、成長を祝い、髪の毛を伸ばし始めました。

長寿を祈願するために、白髪を模した白糸や綿白髪を頭上に置いて祝ったとも伝えられています。

5歳「袴着(はかまぎ)の儀」(別名:「着袴(ちゃっこ)」)

平安時代、5~7歳の頃に当時の正装である「袴着(はかまぎ)の儀」を執り行ないました。

この儀式を経て男の子は少年の仲間入りをし、羽織袴を身に付けたとされています。

当初は男女ともに行っていましたが、江戸時代に男の子のみの儀式に変わっていきました。

儀式はまず天下取りの意味を持つ碁盤の上に立って吉方に向き、

縁起がいいとされる左足から袴をはきました。

また冠をかぶって四方の神を拝んだとも言われてます。

四方の敵に勝つという願いが込められています。

現代の皇室でも、男児の儀式として数え5歳の時に「着袴(ちゃっこ)の儀」、

その後に碁盤の上から飛び降りる「深曽木(ふかそぎ)の儀」が続けられています。

7歳「帯解(おびとき)の儀」(別名:「紐落し」「四つ身祝い」)

鎌倉時代、着物を着る際に、帯を初めて締める成長の儀式が執り行われていました。

これが室町時代に「帯解(おびとき)の儀」として制定されていたようです。

そして江戸時代に男児は5歳で「袴着(はかまぎ)の儀」を、

女児は7歳で「帯解(おびとき)の儀」の行う形に変わっていきました。

3歳・5歳・7歳を節目とした理由は、暦が中国から伝わった際に奇数は陽とされ、

つまり縁起がいいとされたからという説もあります。

「3歳で言葉を理解し、5歳で知恵がつき、7歳で乳歯が生え変わる」

という成長の節目の歳だからなどとも言われています。

毎年11月15日が七五三の日とされています。

由来は諸説ありますが、

鬼が出歩かない日、
江戸幕府第四大将軍である徳川綱吉が長男の健康を祈った日、
旧暦での満月の日、

などと言われています。

現代では学校や仕事の関係上、平日に七五三詣に出向くことは難しいです。

15日にこだわらず11月の休日に行われることが多いようです。

次にできるのは2022年です。

5歳男子と3歳女子一緒にするしかないです。

多分、西宮恵比寿でしょうね。

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