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映画『オッペンハイマー』は、伝記『オッペンハイマー 「原爆の父」と呼ばれた男の栄光と悲劇』原作カイ・バードとマーティン・J・シャーウィン

科学
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映画『オッペンハイマー』は、アメリカの理論物理学者であり、世界初の原子爆弾を開発した「原爆の父」として知られる J.ロバート・オッペンハイマー の生涯を描いた伝記映画です。この映画は、オッペンハイマーの科学的業績から人道的ジレンマまで、彼の複雑な人生を描いています。彼の原爆開発への関与や、その後の人生について興味深く描かれています。

映画『オッペンハイマー』の詳細

監督: クリストファー・ノーラン
脚本: クリストファー・ノーラン
原作: カイ・バードとマーティン・J・シャーウィンによる伝記『オッペンハイマー 「原爆の父」と呼ばれた男の栄光と悲劇』(American Prometheus: The Triumph and Tragedy of J. Robert Oppenheimer)
出演者: キリアン・マーフィー、エミリー・ブラント、マット・デイモン、ロバート・ダウニー・Jr.、フローレンス・ピュー、ジョシュ・ハートネット、ケイシー・アフレック、ラミ・マレック、ケネス・ブラナーなど
音楽: ルドウィグ・ゴランソン
撮影: ホイテ・ヴァン・ホイテマ
編集: ジェニファー・レイム
製作会社: シンコピー・フィルムズ、アトラス・エンターテインメント
配給: ユニバーサル・ピクチャーズ、ビターズ・エンド
公開日: 2023年7月21日(全米) / 2024年3月29日(日本)

映画『オッペンハイマー』のストーリー

あらすじ:
第二次世界大戦後の1954年、世界的に著名な物理学者 ロバート・オッペンハイマー は機密取扱者の適格性を問う審議でスパイ容疑をかけられています。赤狩りが行われた当時、彼は共産主義者とのつながりや共産党系の集会に参加したことがあるとの追求を受けていました。

映画は彼の半生をたどり、科学的業績から人道的ジレンマまでを描いています。原爆の開発に対する彼の関与や、その後の人生について興味深く描かれています。『オッペンハイマー』は、彼の複雑な人生と科学的な功績を追求した作品であり、クリストファー・ノーラン監督の最高傑作とも言われています

オッペンハイマー

J.ロバート・オッペンハイマー(Julius Robert Oppenheimer、1904年4月22日 – 1967年2月18日)は、アメリカ合衆国の理論物理学者で、特に第二次世界大戦中のマンハッタン計画の科学的指導者として知られています。この計画において、彼は世界初の原子爆弾の開発を監督しました。

彼のリーダーシップのもと、1945年7月16日にアメリカ合衆国ニューメキシコ州のアラモゴードで行われた「トリニティ」試験では、人類史上初めて核爆発が実施されました。

オッペンハイマーはニューヨーク市に生まれ、ハーバード大学、ケンブリッジ大学、およびゲッティンゲン大学で学びました。彼はゲッティンゲン大学で博士号を取得し、量子力学と量子電動力学の分野で多くの貢献をしました。彼の学術的キャリアは、カリフォルニア工科大学(Caltech)とバークレーのカリフォルニア大学での教授職によって特に顕著でした。

戦後、オッペンハイマーは原子力の平和的利用を支持し、核兵器の拡散に反対する公共政策に積極的に関与しました。しかし、1954年には、彼の過去の政治的関連が問題視され、原子力委員会(AEC)による審査の結果、彼の政府のセキュリティクリアランスが取り消されました。この事件は、冷戦時代の政治的緊張と科学界と政府の複雑な関係を示すものでした。

オッペンハイマーは、核時代の倫理と責任についての哲学的な問いに取り組むことで、後に科学者としてだけでなく、哲学者としても高い評価を受けました。彼の生涯と業績は、多くの書籍、映画、そして演劇の題材となっています。

オッペンハイマーの主な業績

ボルン・オッペンハイマー近似
量子力学の教科書には必ず乗っている「ボルン・オッペンハイマー近似」は、計算の負担を減らす便利な方法です。原子や分子の挙動を正確に表すためには、原子核と電子の両方の運動を考慮する必要がありますが、ボルン・オッペンハイマー近似では電子に比べて原子核は非常に重く動きも遅いため、「とりあえず原子核は停止していると考えても問題ない」とされます。

ブラックホール

オッペンハイマーはブラックホールに関する理論的研究を行い、ノーベル賞級の業績を残しました。彼の研究は、後の物理学者たちに大きな影響を与えました。

オッペンハイマーは、物理学者としての優れた業績を持ち、科学界に多大な貢献をしました。

オッペンハイマーの人脈

J.ロバート・オッペンハイマーは、その生涯を通じて多くの著名な科学者、政治家、および知識人と密接な関係を持っていました。彼の人脈は、彼が果たした役割の幅広さと深さを反映しています。ここでは、彼の最も重要な関係のいくつかを紹介します。

科学者との関係

アルバート・アインシュタイン:

オッペンハイマーとアインシュタインは、プリンストン高等研究所での同僚であり、原子爆弾に関する倫理的および哲学的な議論を共有していました。

アインシュタインとオッペンハイマーは、共に核軍縮と兵器管理の支持者として知られています。彼らは直接的に協力したわけではありませんが、核兵器とその潜在的な影響について同様の信念を共有していました。

アインシュタインはオッペンハイマーと親友であり、同僚でもありました。彼らは時空の歪みや重力の神秘を解き明かすための物理の文献を一緒に読むなど、親しい関係でした。しかし、実際のところ、彼らの関係は映画『オッペンハイマー』で描かれているほど友好的ではなかったと言われています。

エンリコ・フェルミ:

マンハッタン計画で働いていた時、オッペンハイマーはフェルミと密接に協力し、フェルミは原子炉の設計とチェーン反応に関する彼の知識で重要な役割を果たしました。

ニールス・ボーア:

デンマークの物理学者ボーアは、量子力学の分野でオッペンハイマーのメンターの一人であり、彼らは科学と哲学の多くの長い議論を共有しました。

政治家との関係

レズリー・グローヴス: 米軍の将校であり、マンハッタン計画の軍事的責任者。オッペンハイマーとグローヴスはプロジェクトの運営において緊密なパートナーシップを築きました。

ハリー・S・トルーマン: アメリカ合衆国の大統領。オッペンハイマーは原爆使用後の影響についてトルーマンと意見を交わしましたが、両者の間には緊張もありました。

知識人との関係

ジョージ・ケナン: アメリカの外交官および歴史家。ケナンとオッペンハイマーは、冷戦政策と核軍縮に関する見解を共有していました。

アーサー・コンプトン: 物理学者であり、マンハッタン計画の初期の段階で重要な役割を果たした。オッペンハイマーとコンプトンはプロジェクトの科学的側面において密接に協力しました。

これらの人々は、オッペンハイマーのキャリア、彼の個人的な哲学、そして彼が取り組んだ多くの社会的および政治的問題に大きな影響を与えました。彼の人脈は、彼が生きた時代の複雑さと、彼が科学、政治、および社会に与えた影響の広がりを示しています。

マンハッタン計画

マンハッタン計画は、第二次世界大戦中にアメリカ合衆国が主導し、イギリスとカナダの協力のもとで実施された極秘プロジェクトで、世界初の原子爆弾の開発を目的としていました。この計画は、1942年に公式に始まり、1946年に終了しました。

目的
マンハッタン計画の主な目的は、ナチス・ドイツが原子爆弾を開発する前に、アメリカがそれを完成させることでした。このプロジェクトは、アインシュタインと物理学者レオ・シラードが1939年にフランクリン・D・ルーズベルト大統領に宛てた手紙を受けて始動しました。手紙では、核分裂の可能性とそれがもたらす軍事的な応用について警告していました。

ナチスドイツの原爆開発
背景:
1938年12月、ドイツの科学者オットー・ハーンとフリッツ・シュトラスマンにより、ウランの核分裂反応が発見されました。彼らはウラン235の原子核に中性子を衝突させて分裂させることに成功しました。
ナチス・ドイツ政権下で、1939年9月末からドイツ国防軍兵器局のもとで原爆開発の実験が試みられました。当時、ユダヤ人系の学者は追放または亡命していたため、残っていたドイツ人学者によって開発が進められました。
研究と制約:
ドイツでは核分裂の理論はアメリカ以上に完成していましたが、ウラン235の分離法についての技術開発が困難でした。
ナチス政権は原爆の兵器化にはあまり熱心ではなく、資金と資材の不足、科学者の招集などの問題がありました。
ドイツの原爆開発は、アメリカの原爆開発よりも遅れていたと言われています。
結果:
ドイツ軍は原子爆弾の開発に多大な資材と予算を浪費しましたが、実戦に使用できる兵器以外の研究は許されませんでした。
1944年後半には原子力開発はまだ実験段階にあり、原爆製造は間に合わないと判断され、開発は中止されました。
結局、ナチスドイツは原爆を実際には開発しなかったのです。

主要な貢献者
J.ロバート・オッペンハイマー: 科学的指導者としてプロジェクトを率い、”父なる爆弾”とも呼ばれるようになりました。
レズリー・グローヴス: アメリカ陸軍の将校で、プロジェクトの軍事的指導者。

その他、エンリコ・フェルミ、ニールス・ボーア、リチャード・P・ファインマンなど多くの著名な科学者が参加しました。

成果
マンハッタン計画は、原子爆弾の成功した開発と試験につながりました。1945年7月16日、ニューメキシコ州のアラモゴード砂漠で「トリニティ試験」と呼ばれる最初の核爆発が実施されました。その後、同年8月には、日本の広島と長崎に対して原子爆弾が実戦投下され、これが第二次世界大戦の終結に大きく貢献しといわれますが、諸説あります。

影響
マンハッタン計画は、その後の冷戦期における核兵器競争の始まりを象徴する出来事となり、核不拡散や核軍縮の国際的な取り組みに大きな影響を与えました。また、科学と軍事の関係、倫理的な問題、政府の秘密保持政策など、多くの重要な議論を引き起こしました。

さいごに

作品の中での登場人物についての説明が希薄ですので、約50名の登場人物について予備知識があるといいかもしれません。また3時間にわたるロングランですから、上映時間には覚悟しておきましょう。

昨今の世界情勢を見るにつけ、人類最大の脅威核戦争の基を築き上げた人物の一人であるオッペンハイマーの人生を通して、人として、研究者として、どう生きていくかを顧みる衝撃の作品ではないでしょうか。

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