衰退産業の逆転ブランド再定義コラボ戦略若手の意思決定
「古い業界だから伸びない」——そう決めつけるのは簡単です。
でも、福島県白河市で300年以上続く「白河だるま総本舗」は、伝統を“守るだけ”で終わらせませんでした。
14代目・渡邊高章氏がやったことは、伝統を“保存”から“市場で勝つ武器”へ変えること。
これは、経営者・事業責任者が学ぶべき「攻め方」の実話です。
1. 伝統は「歴史」じゃない。「価値の設計図」だ
白河だるまの始まりは、今からおよそ360年前の江戸時代。
白河藩主・松平定信公が、地域経済を立て直すために特産品としてだるまの普及を後押ししたと言われています。
しかも白河だるまは、ただの縁起物ではありません。顔の模様に、鶴・亀・松・竹・梅——五つの「めでたい象徴」を緻密に描き込む。眉毛は鶴、ひげは亀……と見立てられる、上品で優雅な意匠。
当代一の絵師・谷文晁が手本を描いたとも伝わります。
伝統は「古さ」ではなく、“語れる強み”の集合体。
ただし、市場で勝つには「語る」だけじゃ足りない。“欲しくなる形”に翻訳する必要がある。
2. 都会で気づく。「当たり前」は、武器じゃない
高章氏は1992年生まれ。幼い頃からだるまに囲まれ、あだ名は「だるま」。
スポーツが得意で「体育の先生」を夢見て都内の大学へ進学します。
ところが、自己紹介で「実家がだるま屋なので“だるま”って呼んでください!」と言った瞬間、教室は——シーン。
友人50人に「だるまを買ったことがある?」と聞くと、答えはたった3人。
さらに言えば、白河だるま自体を知らない人がほとんどだった。
——“認知されていない強み”は、存在しないのと同じ。
ここで彼の視点が変わります。
「家業は兄が継ぐもの」から、「自分が動かないと終わるかもしれない」へ。
あなたにも同じ瞬間があるはずです。市場は、あなたの事情を一切考慮しません。
3. “欲しい”を作れ。伝統は、翻訳すれば売れる
ある日、同級生が持ってきたお土産が、彼の常識を壊します。
それは、従来のイメージと違う、部屋に自然に馴染むおしゃれなだるまでした。
震災後の復興プロジェクトの一環として、大手インテリアショップと白河だるまがコラボして生まれた商品。
その横で聞こえた、同級生の一言。
この言葉が、事業の本質を突きます。
“文化として正しい”かどうかより先に、“市場で欲しいと思われるか”が重要だ。
経営者向けの学び
- 「良いもの」≠「売れるもの」。売れるのは「欲しい」に変換できたもの。
- 伝統の価値は、現代の生活文脈に翻訳して初めて届く。
- 異業種コラボは「話題作り」ではなく、新しい購買理由を作る手段。
4. 飛び込み営業で負けた。だから“勝ち筋”が見えた
彼は、学業のかたわら都内の雑貨店を回り、だるまを持って飛び込み営業を開始。
しかし成果は思うように出ない。サイト改修など手を尽くしても、すぐには伸びない。
それでも続けたのは、「売れない理由」を現場で回収していたからです。
20代の勝ち方は、理屈より先に、市場で殴られて学ぶ速度にある。
5. 継ぐ覚悟は、兄弟で決めた。逃げ道を消した
2013年、20歳の冬。兄と会い、家業について話し合います。
父から「継ぐなら兄弟で話し合え」と言われていたから。
高章氏「俺、帰るわ」
兄「じゃあ、俺は仕事を続けるわ」
こうして高章氏は、300年の伝統を継ぐ14代目になる覚悟を固めました。
ここが重要です。事業の転換点は、戦略会議じゃなく“意思決定の瞬間”にある。
6. 「自分の価値」を問われて、時間の使い方が変わった
友人のツテで出会った社長に、いきなりこう問われます。
「いまの自分にいくらの価値をつける?」
そして追い打ちのように——
「その価値を生み出している人は、どんな日々を送っている?」
この問いが、彼の時間の使い方を変えました。
成功している人の思考と習慣を研究し、だるまの市場拡大を本気で考えるようになる。
「今の自分の1時間は、将来いくらに化ける時間か?」
7. 海外で再確認。「文化」だけでは先細る
父は常々言っていました。
「海外でも通用する人になれ」
「一つの世界しか知らないのに、物事を判断するな」
高章氏は大学卒業後、アメリカの大学で商売の基礎を1年間学びます。
そこで再び直面するのが、「だるまを知る人が少ない」という現実。
伝統工芸を“文化財”として守るだけでは、産業は縮む。
だからこそ、市場で勝つ設計が必要になる。
8. そして2016年。「守る」を捨てずに、「攻める」に舵を切った
2016年10月、家業に就く。売上は下降したまま。
彼は原因をこう見立てました。
伝統の「赤色」に固執しすぎて、お客様の目線に立てていなかったのではないか。
そこで始めたのが、伝統を「攻める」こと。
新ブランド「Hanjirō」——伝統の再定義
江戸時代、初代が名乗った名にちなんで立ち上げた新商品ライン「Hanjirō」。
コンセプトは、「和の文化をもっと、かわいくかっこよく」
そして、「あ、これ欲しい!」と思えるだるま。
歌舞伎、ヒョウ柄など、常識に縛られないデザインを次々と企画。
だるまを「縁起物」から、部屋の飾りにもなるポップなプロダクトへ変貌させました。
9. “目立たせる努力”が、コラボを呼び込んだ
彼は「どの店よりも目立つように工夫した商品」を増やし、情報発信を強化。
狙いは明確でした。コラボ依頼が来る状態を作ること。
そして、転機が訪れます。
通信アプリ「LINE」運営会社から、「白河だるまとコラボしたい」という依頼。
LINEの人気キャラクターの顔が描かれたミニだるまを制作。限定販売は、2日で2,200個完売という結果に。
ここが本質:20代の「勝てる型」
- 発信:見つけてもらう努力を、先にやる。
- 即断:大チャンスは、準備が100%になる前に来る。
- 実績化:一度の成功を「信用」に変換し、次の扉を開ける。
この成功を起点に、東京2020、BEAMS JAPAN、NHK「チコちゃんに叱られる!」、人気漫画「東京卍リベンジャーズ」など、次々とコラボが実現。
その過程で、最前線の企業が持つ流行・市場の知恵を吸収し、ついには自社で企画・デザインし“攻めの商品”を生み出す力を獲得していきます。
10. 次の一手は「体験」——だるまのテーマパーク構想へ
しかし彼の構想は、商品開発やコラボで終わりませんでした。
ネットでは届かない、リアルな場所で、だるまの魅力を直に伝える場を作る。
「見て、学んで、楽しむ」——だるまのテーマパーク。
総工費2.5億円という大勝負。伝統の未来を賭けた挑戦です。
モノを売るだけでなく、“世界観の入口(体験)”を作る。
——そして、すべてが順調に見えたその先で、物語は次の局面へ進んでいきます。
20代経営者へ:この話から持ち帰るべき「3つの実行」
① 伝統(強み)を、現代の言葉に翻訳する
- “正しさ”より先に、「欲しい理由」を設計する。
② 目立つ努力を先にやる(発信は営業)
- コラボはお願いして取るものでもあるが、最終的には「声がかかる状態」が勝つ。
③ 大チャンスは即答で掴む
- 準備不足を恐れるより、「成長で埋める覚悟」を持つ。
伝統を「守る」ことは、尊い。
でも、守るだけでは消える。
攻めて、勝って、残す。
それが、次の世代の仕事です。

